父の死/片づけ

 書くかどうかいろいろ考えたけど、どうせなら書くことにした。12月4日に父が亡くなった。これはそのことについての雑記だ。消すのは後からできるが、書くのは記憶が薄れていない今しかできない。


 父が倒れたのは死の前日、12月3日のことだった。その時オレは提供されたコードで『Cyberpunk 2077』の事前プレイの仕事をしている最中だった。『Cyberpunk 2077』はここ数年ずっと追いかけてきたゲームで、仕事の上でも一年以上関わってきたものだった。編集部やらゲームショーやらいろんな場所で「『Cyberpunk 2077』の仕事はすべて自分にくれ」と豪語し、自分なりに力を入れて関わってきたつもりだ。自分にとって、ゲームライターとして始めて「本腰を入れた」題材だった……っていうか、今もそうだ。

 『Cyberpunk 2077』はすさまじく注目度の高いゲーム(今現在、売上は1300万本を突破している)だから、「事前プレイ」ができるのはかなり少数の人間だけ。そして(ちょっとややこしくなるため詳しい説明は割愛するが)一度引き受けたら、他の人に「譲る」ということもできないものだった。病院で、今まさに父が死につつあると判明したあともしばらく行くかどうかを迷ったりもした。正直、怒りに似たような思いも心のどこかにはあった。オレと父は仲たがいをして、もう五年以上も会っていなかったから。

 なぜケンカをしたのか、なぜそんなに連絡をとらなかったのか、とかについてはあんまり書くつもりがない。うまいことストーリー化できれば感動的に仕立て上げることも可能かもしれないけど、そういうのってあんまり品が良いとはいえないからね。それに他人にいくら説明してもわかるようなことだと思わない。根本的な怒りは今も取り除かれてはいないし、今後も残り続ける。オレと父との親子関係は、お互いが謝らないうちに終わった。だからこれは一生そのままだ。

 父が死にかけているとき、待合室でいろいろなことを考えた。また、父の葬儀で、火葬場で、父のベッドの横でもいろいろなことを考えた。何回考えても結論は変わらなかった。結論とはつまり「何も解決しなかったし、解決していない状態のまま固定された」ということだ。

 あと何年かしてオレも灰になるとき、オレの考えてたこともどうでもよくなる時が来る。やがて地上にはオレのことを覚えている人間などいなくなり、オレの人生が無意味なものとなる。生きていく中で考えていた様々な問題、出会った様々な課題、やってきた色々な仕事、オレの家族との関係は、そのときすべてあとかたも無くなっている。「家族の問題」はそのように終わっていく。納得も、和解も、そこには存在しない。


 今は父の家(賃貸)を片づけようとしている。あまりにひどいゴミ屋敷で、清掃には業者の力を借りなくてはならない。これがなかなか高額で、その予算を父の遺産から捻出することができればいいんだけど、そもそも父の「遺産」なるものがいくら存在するのか、もしくは借金があったのかということがよくわからない。忙しくて調べる時間もないし、気も重い。父のメインバンクと思しき通帳に記帳された最後の残高は7000円だった(その後増減があったかもしれないが)。父は一企業の代表取締役の立場にあり、通帳を見るところによるとそこそこ収入を得ていたが(いや一般的な取締役がどの程度もらうものなのか知りませんけど)、毎月それを丸ごと使ってしまっているようだった。家の中には無数の「もの」があった。開封されていないブルーレイ、読まれた形跡のない本、飲まれた形跡のないワイン、大量の安物の衣服、大量のカバン……。そしておそらく、そういうものを買ったあとに残った収入のほとんどは飲み代に回されていた。父と知り合いだった人は皆「父に良くしてもらった」と言う。それはまあ、そのはずだろう。父が貯蓄や、生活に回すべきお金をいろんな人に奢りまくって「良くした」せいで、いまオレは家を片付けるカネの心配をしてるというわけだ。しわ寄せが来ている。誰かに「父に良くしてもらった」と言われるたびに嫌味の一つでも言いたくなる。なんで遺族って申し訳なさそうに頭下げてなきゃいけねーんだろうな。

 「実家」――オレの認識上「実家」というだけで賃貸の一軒家だ。今は他人が住んでいる――に家族三人で住んでいるときから父はお金をどうしようもなく使ってしまう人だった。いらないものを買ってしまう人でもあった。山ほど映画のブルーレイを買ってくるが、映画を観ている姿は一度も見たことない。あきらかに買うことが目的化していた。高いものを買うわけではなく、安いものを大量に買ってしまう人だった。狭い家は物で溢れ、そのことで両親が激しく言い争うのも見たことがある。母と別れた後の父の家がひどいゴミ屋敷だったのも納得がいく話だ。物の増加を管理する人間がいなくなった、ということだろう。

 「父は立派な人間だった」と、「自分に優しかった」と、オレに教えてくれようとする人が多いことにうんざりしつつある。思うに、「立派さ」は多面的なものだ。皆が優しくしてもらったぶん、オレは借金を不安に感じているし、なにより、二度と「実家」に帰ることができない。

 思えば、実家がなくなったのと「ワニウエイブ」という名義で活動しだしたのは同時期のことだ。実家がなくなるということは、「自分が何者でどこにいるのか」ということについて考えるきっかけになったかもしれない。いまだにどこにもいないような感覚があるし、自分が誰でもないような気がしているけどね。


 この文章をどうやって終わろうか考えている。ほかにもいろいろなことを考えたはずだ。「家族」についてもいろいろ考えた。葬儀にあたって、父の家族、つまりオレの親戚にはいろいろサポートしていただいたし、現在もしていただいてるし、感謝もしている。生きてる人間についていろいろ書くのは難しいので、この話はもっと「一般的」なものに変換できるまでは書かないでおく(父は死んだので何を言おうが自由だ)。「葬儀」についてもいろいろ考えた。おくりびとの真似事みたいな「湯灌」というオプションが最悪で、自分が死んだとき、死体をあんなふうに見世物にされるのは我慢ならないなと感じた。「これが最後のお別れなので、手を合わせてあげてください」みたいなタイミングが(ちゃんと数えたので間違いないのですが)八億回ぐらいあり、最後のほうはマジで「なにもないんですが……」と脳内で言いながら手を合わせていた。100歳近い祖母、つまり父の母がそのたびに泣き崩れていて可哀想だった。老人にあんな負担を強いるのが葬儀というものであるならば本当にクソだと感じる。社会から根絶されればいい。憤ってます。ほかにも「香典返し」とか、クレカの解約などの手続き類とか、まだ問題は山積みで、いまはとにかくなんも考えたくないので放置してる。状況が許すなら一生放置したい。手続き系は(放置しているせいで)現在進行形なので、終わり次第文章にしようと思う。っていうか「このこと書いてやろう」と思いながらじゃないとやってられない。人間は絶対死ぬのに、なんで死んだらこんなめんどくさいんだ。いま日本には一億人以上が住んでおり、つまり少なくともあと一億回は葬儀やそれに類した儀式、もしくは手続きが行われることが確定しているわけで、これをシンプル化するのは誰にとってもよいことなのではと思う。

 今日はクリスマスイブで、コロナ禍の只中とはいえみんな楽しそうだ。オレはこれから父の家に行き、業者が入る前、最後の「宝探し」をする。アルバムや使えそうなものなどを探し、自宅に発送するのだ。正直気が重いし、なんでそんなことやんなきゃいけないんだよという気持ちが強い。文章を書けばまとまるかとも思ったが、まったくまとまらない。行きたくねえという気持ちが強い。寒い。腹減った。めんどくさい。ゲームやりたい。仕事だってもっとしなくちゃいけない。自分が死ぬとき、誰がその後始末をするにせよ、それがめんどくさいといけないなと思った。クリスマスにこんなことを考えないといけないのって最悪じゃないか?


 今年は本当に最悪な一年だった。来年がそうでないことを祈る。